俳句が分かったような気になってしまう話

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    ワタシが、ほんとに俳句のこと何にも分かってない若造だった頃。

     

    我が師黒田杏子先生に対して「先生はなんで、こんな地味なフツー極まりない句を特選に選ぶのか」と疑問に思うことがありました。なんせ生意気なもんだから、句会の帰り「なんであれが?」と仲間たちに議論をふっかけることも多々ありました。

     

    けど、俳句の何がスゴいって、

    「俳句を分かった気になった瞬間に、行く手の暗闇の中に新しい扉が現れていること」です。

    今まで何度これを体験してきたか。

    俳句が分かった気になった、ちょっとイイ気になった瞬間に現れる新しいハードル。

     

    悪戦苦闘の末、そのハードルをやっと越える。

    海風が爽快である。

    ホッとする。

    なんとか平常心を掻きたて、再び歩き出す。

    すると、また次の山が現れる。

     

    ま、その永遠のロールプレイングゲーム的資質が、俳句の魅力ではあるんだよね。

    「俳句が分かった!」ような気になるってことは、次のハードル・次の山が近づいているということ。それもまた楽し!ではないかと思う、還暦+1歳半のワタクシですよ♪


    コメント
    すごくいい俳句ができた!と思うのに、誰にも相手にされなかった。というのとは別の話ですか。
    まだ何のハードルも見えていない…ウウウ
    • ラン
    • 2018/12/03 11:56 PM
    体が弱くても、車いすでも、俳句の山なら登り続けられると思いました。本当の山登りはできない人間には福音かも。
    • 播磨陽子
    • 2018/12/04 5:59 PM
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